カンボジアのために自分ができることをしたい!
たくさんの人にチャンスを届けたい!

ポルポト政権2年目の1976年、コンポンチャム州でレンガ工場を営む父の長男として生まれました。父が地元の名士だったのでポルポト圧政下にしては惠まれた幼少期をすごしましたが、14歳で母が病死、16歳で父が戦死すると事情が一変。5人兄弟の長男として兄弟を食べさせなければならなくなりました。


そこで、高校時代は英語が少しできたので、自宅で英語の塾を開いて生計を立てました。おかずは川魚を捕って兄弟に食べさせる日々。日本のODAで架けられた日本橋(トンレサップ川)に感動し、プノンペン大学の士木学科に入学し、大学で勉強する一方、家族を養うため家庭教師もやりました。その後、日本への憧れや、留学制度が充実してきたこともあり、日本へ国費留学することになったのです。


1年間は日本語の専門学校へ通いながらアルバイトし、「おはようございます。」しか喋れなかったので、昼も夜も「おはようございます。」と言ってティッシュ配りをしていました。1998年、国土舘大学士木工学生科に入学、2002年3月に卒業。同年4月埼玉大学で研究生として1年間勉強、2005年、東京・赤坂にあるカンボジア大使館に就職しました。この頃、たくさんのことを勉強してもらいたいと想い、弟をカナダに留学させました。大使館には2年間勤務し、大使の秘書・通訳として色々な経験をすることができました。


2007年4月、カンボジアに戻り、まず自分が出来ることをやろう決め、建設会社を設立、英語・日本語の語学学校の校長になりました。  将来の夢は、生まれ育ったコンポンチャム州の代表として政治家になりたいという野望を持っています。「カンボジアは大きな政権交代 を繰り返し、そのたびに国民は苦しんできた。大きな変化ではなく良いところを残し悪いところを改善する。国民が希望の持てる国造りを目指したいと考えている。まずは教育環境の整備」と話ています。

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